転職情報をチェック

現在はある地方都市の市役所の職業相談員。
「給与は少ないし1年契約の仕事ですからボランィアみたいなものです。 でも、今キャリア・コンサルティングの資格を勉強中ですから、授業で習ったことをすぐに実地でできる。
何よりの職場です」Eさんの肩書きにキャリア・コンサルタントが加わる日も近いことでしょう。 Eさんの最終目標は第2の故郷である中国へ進出する企業へのコンサルティングです。
中国で築きあげたネットワークを維持することも忘れない毎日です。 F氏は、金属工学の名門大学を卒業し、大手鉄鋼メーカーで一貫して鉄鋼技術開発に従事してきました。
鍛造素材の製造技術を専門とし、溶解技術、粉末加工品の開発など幅広い鍛造技術に精通しており、多くの特許登録をもつエンジニアです。 再就職支援会社を訪問したF氏は、どちらかといえば沈着冷静、外柔内剛タイプで、初対面の印象は口が重く、こちらが口を開けば答えるが、その言い草もぶっきらぼうで愛想がなく、今後の展開も暗礁に乗りあげることを予感させるものでした。
型どおりの挨拶をすませ、再就職支援のためのコンサルティングの進め方について説明する段になりました。 F氏は、「何で自分がここに来なければならないのか、何で再就職支援を受けなければならないのか」と、人事部から再就職支援準備に入るよう説明を受けたことに対するうっぷんを晴らすかのように慨然とした表情で、自分がおかれている立場を理解したくない心の動揺が窺い知れるのでした。
幸いにして、出身地がコンサルタントと同郷である市の話題に転ずると、共通の話題から次第に落ち着きを取り戻し、得々と話をするのですが、いざ今後の転身の話題になると口を閉ざすというありさまで、2回目、3回目と面談を重ねても、その過程は変わることはありませんでした。 ある日、本人の職歴を整理し、今後の進路方向を絞りこむ具体的な話に及ぶにいたって、「自分は転職を希望していないのに、なぜこのような資料を作成しなければならないのか」と、かたくなに拒否の姿勢を崩すことなく面談を反復し、対処に苦慮する人でした。

このように、かたくなな人であったF氏ですが、不思議にも「次回はいつ来社しましょうか」と来社日時を確認するのでした。 本人に転職を前向きに考える意思がなければ、具体的な話にまで立ち行くことができません。
本来であれば、企業から再就職支援の委託を受けている関係からF氏にいってはいけないことですが、コンサルタントが、ある日「あなたに再就職の意思がなければ、これ以上面談を重ねても進展がないので、今日で打ち切りましょう。 その旨を人事部に報告してください」と話を切りだしてみたところ、本人の態度に微妙な変化が表われ、次第に考え込む気配を見せはじめたのです。
F氏にしてみれば、現在勤めている事業部の縮小により業務がなくなることを承知していながら、長年勤めあげた会社への強い愛着から容易に気持ちの整理をつけがたい心情から、第三者に強く反発することによって、自分自身を納得させようと自問自答している葛藤の段階にあったのです。 思いもよらぬ、コンサルタントからの一言が、F氏の「支えを失う、味方を失う」という気持ちになって、それがその後の姿勢に影響を与えたと、後日、本人は述懐しています。
その日を境にして、F氏の言動はこれまでとはうって変わり、表情も明るく、真剣に、前向きに次なる転身に向けて取り組み始めました。 本来、幅広い高度な技術力をもち、部下思いでさっぱりした気性のF氏は、気持ちの整理がついてからの切替えは速く、最初の企業面接をクリアして、転進を実現しました。
現在では、創業100年の社歴をもつ非鉄合金製造の中堅企業において生産部長についており、将来を期待される幹部の一員として活躍しています。 周囲に親身に相談する相手がいなかったことが気持ちの整理に時間を要したケースで、日ごろの人脈のなかで信頼できる人物の存在の大切さを示唆しています。
F氏にとっては、コンサルタントのみが自分の将来を親身になって考えてくれる唯一の相談相手であったわけです。 時聞はかかるが、気持ちの切替えが再就職のためには大切なことを痛感した例です。
G氏は、鉄鋼メーカーで課長待遇の立場にあり、家庭の事情で故郷の秋田県にUターンを考えはじめた当時は、電気機器販売会社の営業所長として新潟県に出向中の身でした。 そんな折、再就職支援会社が、集団給食事業を全国展開している企業の秋田県の営業所から求人依頼を受けました。

その内容は、秋田事業部における営業のポストで、要件としては、35〜50歳の男性で、新規顧客開拓や施設管理、さらには労務管理の経験者で、将来の部長候補生という難しい要求でした。 この情報を受けて、再就職支援会社はすぐに鉄鋼メーカーの人事部門に問い合わせたところ、期せずして、「現在、新潟県に出向で勤務している社員が秋田県にUターンを希望している。
ところが、年齢がネックで54歳である」という回答を得ました。 そう、Gさんのことだったのです。
これに対して再就職支援会社は、「企業としては、若い人の方が好ましいと思われるが、事業部を一任されるとなればそれなりの経験と能力が要求されるであろうから、ぜひ1度その方にお会いしてみましょう」ということになりました。 さっそく、再就職支援会社の担当社員がG氏に会ってみたのです。
なかなかの人物でした。 人物を見込んで、H社に推薦してみると、人事部長が近々新潟県に出張する予定があるというのです。
新潟駅前のホテルでG氏の面接を実施していただいた結果、「人柄、経歴ともに申し分なく、次回はぜひ役員に会ってほしい」という要望がでて、G氏はH社の本社へ赴くこととなりました。 役員面接もすんなりパスし、企業側からは口頭での内定がでたのです。
その後、G氏の秋田県への帰省時に合わせて、G氏はH社の営業所の事業部を見学したのですが、実家との距離も車でわずか15分という立地にあること、さらには、業態は今までとまったく異なるものであるが、企業の雰囲気に勢いがあることから、すぐさま働きがいを感じとり、ぜひとも入社したいとなったのです。 「立つ鳥跡を濁さず」の格言どおり、後任が決まるまでは何ら今までと変わることなく業務をこなし、G氏が再就職にいたったのはそれから2か月後でした。
その後G氏は、新しい仕事に積極的に取りくみ、2年後には役員として処遇されています。 家庭の事情で、地元Uターン指向が実現した典型的なケースでしょう。
持ち前の人柄と長年のキャリアが功を奏したものと思われます。 本書のなかで何度も触れているように、日本的終身雇用というものはすでに崩壊しているといえます。

今までのように、会社の人事計画にしたがって異動していればそれでよい、ということでは、あとで後悔しないとはいえないでしょう。 転職する、しないにかかわらず、常に自分のキャリア・デザインを念頭におくことが必要な時代がやってきたのです。
最近、「キャリア・カウンセラー」「キャリア・コンサルタント」「キャリア・アドバイザー」という言葉をよく耳にされることと思います。

転職が帰ってきました。いつもヤル気にさせてくれる転職です。
転職です。転職をすばやく探せます。
転職の方法をご存知ですか?転職で明るい雰囲気を演出しましょう。